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□■エリニュエスの微笑■□
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| 檻 監獄 そこを形容するとすれば、正にそれだった。 規則、規律にがんじがらめにされ、管理されていた俺達は、若者と云う名の獣だった。個より集団が重視され、自慰行為すらままならぬ狭苦しい、密度の高い雄ばかりの巣の中で、俺達は若さと云う熱を持て余し、牝の匂いを求めた。 求めて得られないそれに代わって、代償行為が生まれたのは、果たして必然であったのか…。 その噂は、瞬く間に俺達の間に広まった。 「…本当なのかな」 俺がぼそりと呟くと、海江田は読んでいた本から眼を逸らし、少しうっとおしそうに俺を見た。 海江田にも、それが何の事なのか解ったらしい。 「どっちでも、いいんじゃないか?」 海江田はそう答えると、ぱたりと小さな音をたてて本を閉じた。 噂。 それは余り気持ちのいい噂ではなかった。 誰かが、俺達最下級生のうちの誰かが、上級生と寝た…そんな内容だった。初めは根も葉もない事と思っていたそれが、どうやら嘘ではないらしいと解ったのは、瞬く間に広まったそれが、今度はそれと同じ位のスピードでタブーとなったからだ。 「どっちでもいいか?」 「どっちでもいいだろう。白黒つけたところで、面白い結果にはならないと思うぞ」 それはそうかもしれなかった。それが本当の事であれば、公になった時点でどちらもただでは済まないだろう。謹慎か、退学か…どちらにしろ、より深い傷を受けるのがどっちかなんて事は解り切っている。 「そんなものかも知れないな」 俺がつまらなそうにそう呟くと、海江田は喉の奥でくぐもった笑い声をたてた。 何事もなく、数日が過ぎ去った。 俺は、すっかり噂の事を忘れていた。 その時までは。 誰もいない筈の倉庫から、物音が聞こえたような気がして、俺は何の気なしに薄く開いた扉の隙間から、中の様子を窺って愕然とした。 薄暗い、外の光とは隔絶されたそこで、繰り広げられていたのは背徳の行為だった。 何人かが一人を押えつけ、一人が押えつけられ身動きもままならぬ身体に、無理矢理腰をねじ込んでいた。押えつけられ、口を塞がれているらしい学生は、それでも時折、微かな苦痛の声を倉庫の中に響かせていた。 それは残酷な光景だった。 それが誰であるのかは、薄闇に隠されて解らなかった。はっきりしているのは、彼が無理矢理陵辱されていると事だけだった。 踏み躙られる屈辱と苦痛。時折、それから逃れようともがく身体…。 俺は、そこへ踏み込むべきだったのかも知れない。その背徳の行為に、終止符を打ってやるべきだったのかも知れない。いや、そうすべきだったのだろう。 しかし、俺はそうはしなかった。 耳に届くのは荒い息遣い。征服する時の雄のそれ。 俺は、踵を返してその場を立ち去った。何故、そうしたのか、解らなかった。ただ一つ、はっきりしていたのは、俺自身も雄であると云う事だけだった。 「……! 深町!」 俺が我に返ると、仏頂面した海江田がそこにいた。 「人を誘っておいて、それはないだろう」 「…悪い」 休日。 唯一、俺達が監獄から解放される日。 しかし、最下級生である俺達には、外泊は許されない。それでも、ほんの一時の解放を求めて、俺達は街に繰り出す事が多かった。 「出掛けるんじゃなかったのか?」 確かに、何日か前、海江田とそんな約束をした覚えがあった。しかし、それを思い出しても、俺は起き上がって出掛ける気分にはなれなかった。 「…深町?」 陰鬱とした気分そのままに、狭いベッドから動こうともしない俺に、海江田は訝しげに眉を寄せた。 「具合でも悪いのか?」 気分は最悪だった。体調が悪いのではない。あの出来事に対して、自分の取った行動が不可解だった。 何故、あんな事をしてしまったのか。 海江田の視線を感じながら、俺は何度目か解らないほど繰り返した問を、再び繰り返した。 他の同室の連中が出払ってしまった後の部屋は、普段の息詰まるような雰囲気が、不思議な程さっぱりと消えて、もの寂しいくらいだった。 「…噂は本当だったぞ」 ふと、俺はそう呟いた。 「え…?」 「現場…見ちまった」 海江田は、初め何の事だか解らなかったようだったが、俺が言葉を続けると、はっきりと解るくらいにその顔色を変えた。 「深町…それで、お前はどうしたんだ?」 低く。 低く海江田が訊ねた。俺は、それに答えてぼんやりと呟いた。 「別に、どうもしなかった」 「…そうだろうな。その傷一つない御綺麗な顔で、何かしたとも思わないよ」 その言葉の余りの冷ややかさに、俺は思わず身体を起こして海江田を見た。 「…何が云いたい」 海江田は言葉と同じく冷ややかな視線で、俺を見ていた。 「別に。ただ…」 その視線で、海江田は云った。 「貴様が大層御立派な糞ったれ野郎だったって事が解っただけだな」 「な…!」 その言葉に飛び起きた瞬間、俺は海江田に胸倉を掴まれていた。 「見て見ぬ振りだと…? よくもそんな残酷な事が出来たな」 海江田の眼が、怒りに煌めいているのを、俺はぼんやりと眺めていた。 こんなふうに、海江田が激昂したのは初めてじゃなかっただろうか。 海江田に胸倉を掴まれながらも、俺はその時、思いがけずも冷静だった。 それとも、まともではなかったのか。 感情の高ぶりに、海江田は目元をほんのりと朱に染めていた。それが酷く綺麗に思えた。 抵抗しない俺に、海江田の気が緩んだ瞬間、俺は海江田の腕を掴んで、海江田の背をベッドの柱に強く押しつけた。その衝撃に、粗末な造りのベッドが、ぎしりと嫌な音を立てて軋んだ。 俺の頭の中に、あの光景が甦っていた。そして、それが海江田と俺の姿にすり代わっている事に気付いた時には、俺は海江田を抱き竦めていた。 激しい征服欲だけがそこにあった。 海江田を抱き竦めるのと同時に、俺は海江田の膝の間に自分の膝を割り込ませていた。 「…ふ、深町?」 俺は素早くネクタイを解くと、海江田の腕をベッドの柱の後ろで戒めてしまった。 俺は、海江田の腰に指を滑らせた。途端に海江田は、何が起こるのかを悟って無茶苦茶にもがいた。そんな事には一向に構わず、俺は残酷な程優しく、海江田の股間をまさぐった。 海江田が身を竦ませる。 「海江田、感じるか?」 俺はゆっくりと海江田を追い上げながら、その耳元で囁いた。空いた手で海江田の顎を取り、顔を背けようとするのを無理矢理仰向かせる。きり…と海江田が歯を食いしばるのが解った。射るような視線が眩しかった。この眼を、苦痛か、それとも快楽かで潤ませてみたいと、俺は真剣にそう思った。 「感じるか?」 俺はもう一度海江田に訊ねた。 「感じるさ…! お、男だから…なッ!」 吐き捨てるように海江田は云った。俺はそれで満足した。 布越しに最奥に触れてみる。びくりと海江田の身体が震えた。 俺は海江田の下肢を覆う布の総てを剥ぎ取った。海江田は抵抗したが、不自由な体勢で抵抗しきれなかった。 屈辱と羞恥に硬く眼を閉じている海江田の全身に、俺は愛撫を施した。まだ愛撫と云うには稚拙なものだったが、その感触を知らない海江田の身体は、驚くほど素直に反応した。 「……! …ッ!」 必死に唇を噛み締める海江田の最奥に、俺は何の前触れもなく指をねじ込んだ。 「深町……ッ!」 逃れようとする腰を押えつけて、俺はゆっくりと海江田を馴らし始めた。長い時間をかけて、少しずつ指を増やした。時に深く、時に浅く、緩急をつけて海江田を開いていった。 俺は海江田の中から指を引き抜くと、今度は猛った自分の雄を海江田の中に埋没させた。立ったままの不自然な体勢での行為は、海江田を酷く傷付けるだろうとも思ったが、それを気遣う余裕がなかった。 海江田のそこは、指で感じていたよりも遥かに狭かった。それの与える快楽に俺は陶然となり、行為に没頭した。 俺が動く度に、海江田は悲鳴を上げて苦痛を訴えた。 「痛…ッ、ふか、ま・ち…!」 鮮血が滴り落ちて、床を汚した。 一度、海江田の中で果てると、俺は海江田の戒めを解いた。海江田は崩れるように床に倒れ伏した。 「満足…かッ!」 整わぬ息で、それでも海江田は叫んだ。 「こんなふうに、力づくで私を犯して、それで満足か、貴様!」 「いいや」 俺は海江田に伸し掛かった。海江田が身を竦ませる。 「まだ、だ。まだ満足じゃない」 「き…さまッ!」 俺は耳を貸さなかった。 「…!」 海江田の身体は苦痛を訴えて痙攣していた。それでも行為を中断しない俺に、遂に海江田の方が隋ちた。 際限なく与え続けられる苦痛を、少しでも減らそうと、海江田の腕は必死に支えを求めて俺の背に絡み、俺の動きに全身が同調して動いた。 「あ……ッ?」 その時、海江田が微かに苦痛以外の色の混じった声をあげた。その眼が、信じられないものでも見たかのように大きく見開かれる。 俺はそれに気付いて、今度は俺から海江田に合わせて、一度深く突き上げてみた。 「あッ…ウ…」 海江田は必死になって声を殺そうとする。俺はそれを許さなかった。 「海江田…感じられんだったら、感じろよ…」 そう云って、俺は海江田の身体を支えてやった。僅かだが減った苦痛と、他の感覚が取って代わるのに、そう時間はかからなかった。 「……あ、アッ!」 この時、海江田は苦痛の中でも見せなかった涙を浮かべた。 「や、いやだ…! よせ、深町…!」 俺は海江田を揺すり上げながら、海江田自身にも愛撫を加えた。 「は…ふッ…」 俺は海江田に口付けた。迷わず舌を指し込んだ。喉の奥で海江田が呷くのが解った。 「あ…深町、ふかまちッ、息が…出来な…!」 海江田が気付いたのは、もう午後も遅くなってからだった。 汚れた床の上で失神してしまった海江田を前にして、俺は途方に暮れた。 取り敢えず硬く絞った布で全身を清め、ぐったりと弛緩した身体に戸惑いながら衣服を着せてベッドに押し込んだ。汚した床と制服の始末をつけた後、俺は海江田が目覚めるまで、その疲れ切った顔を眺めていた。 「海江田…」 目を覚ました海江田は、それでも暫く呆然と宙を見詰めていた。 「だい…大丈夫か?」 俺は不安になって、そう訊ねた。 「…ああ」 海江田は小さく答えた。 その時、どやどやと廊下をやって来る気配があった。 「どうしたんだ? 出掛けなかったのか?」 帰って来た同室の奴が、不思議そうに訊ねたが、俺には答えられなかった。 「調子が悪くてね」 そう答えたのは海江田だった。 「大丈夫か?」 心配するそいつに海江田は、大丈夫だと笑って見せた。 それは、まったくいつもの通りの海江田で…。 俺は居たたまれなくなって、部屋を出た。 海江田を傷付けただろう事に、傷付いている自分を知って、俺はうろたえていた。 それは、罪悪感とも少し違う感情だった。 ただ、その時は胸が痛んだ。 海江田への想いに気付くには、その時の俺はまだ子供過ぎた。 それだけの事だった。 |
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