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□■捕われの月■□
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| そいつは、いつも俺の視界の中にいた。遠くもなく、近くもなく…。 海江田四郎 父親が海将だと云うそいつは、いわゆるサラブレッドだった。 入学当時、経済的にも家庭的にも恵まれた坊ちゃん育ちに防大で何が出来ると思っていたが、海江田はあらゆる課業をそつなくこなした。すっきりとした顔立ちや、小柄で華奢な印象を与える肢体。それからは及びもつかないような行動力。一種、カリスマのようなものもあって、いつしか海江田の周りには人が集まるようになっていた。純粋にそいつを慕う者と、そうでない者と…。 それが気に入らなかったのかもしれない。人垣の中心にいる海江田を見ているだけで、無性に腹が立った。 俺は良く海江田に食ってかかった。その度に海江田は感情を押し殺したアルカイックスマイルで、怒りもせず俺を見ていた。 海江田が気付いていない訳はなかった。頭のいい男だった。自分を取り巻く人間の、半分が何を考えているかなんて事は、承知している筈だった。 俺には理解できなかった。海江田自身ではなく、その後盾を目当てとして、海江田に近付いた者たちが、何の疑問もなく、当然の事のように海江田の側にいる事が。 思えば、それは嫉妬だったのかもしれない。 ある日の事だった。 俺は、聞きたくもない会話を聞かされた。 「海将の御曹司だもんなぁ」 偶然前を通り掛った部屋の中から、その会話は聞こえてきた。 「今から取り入っておいて損はないよな。いずれは幕僚だろうしさ」 一瞬、眼の前が赤く染まった。怒りのためだった。他人事のはずなのに、俺には許せなかった。 気付くと俺は、そのドアをくぐっていた。 「たいそうなお話だな」 身体が震えていた。自分でも不思議な程の怒りだった。 「深町…」 「お前達、今までずっとそんな眼で海江田を見てやがったのかよ」 俺は拳を握っていた。爪が掌に食い込んでいるはず だったが、痛みは感じなかった。こんな奴等が海江田の側にいる…それが酷く理不尽だと思った。 「…悪いかよ、あいつだったら親の七光りで出世しそうじゃん。それに、俺達だけじゃないぜ。そう考えてるのは」 そいつは、ちらりと俺を見た。 「案外、お前だってさ…」 その瞬間、俺はそいつの胸倉を掴んでいた。そして、握り締めていた拳を、無意識に振り上げていた。 その時だった。 「やめたまえ、深町!」 その声に、俺は我に返った。振り返ると戸口に海江田の姿があった。 いつものアルカイックスマイル 「成田、清瀬」 海江田は、奴等のためにドアを示した。 「す、すまないな、海江田」 そう云って奴等は、そそくさと部屋を出て行った。後には海江田だけが残された。 「まったく…」 海江田はあきれたように云った。 「相変わらず短気な奴だな。何があったのかは知らないが…」 知らないはずはなかった。途中から、海江田が聞いていたのを、俺は気配で知っていた。ドアの向こうで、立ち止まった気配。そして、聞いていなければ、こんな絶妙のタイミングで介入出来る訳はなかった。 それでも海江田は『知らない』と云った。知っていて知らないふりをしていた。 それが解っていて引き下がる事など、俺には出来な かった。 出て行こうとする海江田の腕を、俺は咄嗟に掴んで引き止めた。 「何だ?」 引き止められた海江田が振り返る。 「明日の外出、ちょっとつきあえ」 「構わんぞ」 海江田は何の感情も表さなかった。 翌日、俺は海江田を連れ出した。 別にどこに行く宛があった訳ではなかった。ただ、誰にも介入されないところで、海江田が何を考えているのかを確かめたいだけだった。 結局、辿り着いたのは、臨海公園だった。土曜の午後と云う事もあって、人通りは少なくなかったが、それでも知った顔は見当たらなかった。 海江田は海沿いの手摺に寄りかかって、海を眺めている。その後ろ姿を見ながら、俺は海江田に云った。 「お前、知ってるんだろ?」 ゆっくりと。 本当にゆっくりと海江田は振り返った。 「何を?」 その顔は静かな笑みを湛えている。 「成田達の事さ」 海江田は、ふふ、と笑った。その手がポケットを探 る。 取り出された物を見て、俺は愕然とした。 「海江田ッ…お前未…!」 「未成年だろ、か?」 海江田は慣れた仕草で、ポケットから取り出した煙草をくわえて火をつけた。 「実のところ…」 海江田は呟くように云った。 「どうでもいいんだよ。成田達が私の事をどう考えていようと、ね。それに親の七光りって云うのも、あながち嘘じゃないかも知れない。父を知っている誰かが、私の成績に手心を加えるなんて事が、行われているのかも知れないしね」 海江田は、細く煙を吐き出した。 もう一度、口元に運ばれた煙草を、俺は海江田の手から奪い取って握り潰した。鋭い痛みが掌から広がる。 「深町…」 「そんな事、解んねーだろ! それにお前が振り回される必要があるのかよ! だいたい、お前がどんな人間なのか、俺は知ってる!」 「お前が…私の何を知ってるって云うんだ?」 海江田は冷ややかに答えた。それは確かに海江田の云う通りだった。俺は、海江田を知っているつもりになっていただけだ。俺は、海江田が煙草を吸うことも、こんな風に冷ややかな一面を持っている事も、この時まで知らなかったのだから。 「でも…お前は、悔しくないのかよ。いいように云われてるんだぞ?」 「そんな事…」 ふと、海江田は俺から眼を反らした。その眼が一瞬だけ伏せられたのを、俺は見逃さなかった。 「どうでもいいと、云っただろ? 成田の事も…自分の事もね。それにお前が、何のつもりで私に絡んで来るのかも、どうでもいいよ」 「海江田…」 嘘だった。俺は海江田を見ていた。手摺に寄りかかったままのその身体が、微かに震えたのが解った。 俺は海江田の腕を取った。そのまま、有無を云わさずに歩き出した。 「ここは?」 「俺の部屋」 防大の連中は、たいがい外に部屋を借りているが、海江田は例外だった。用がない限り、防大から一歩も外にでなかった。 「座れよ」 もの珍しげに辺りを見渡す海江田に座るようにすすめる。ベッドと簡単な机しかない狭い部屋だったが、それでも週に一度、寝泊まりするには充分な広さだ。 「何で、連れて来た?」 「さあね」 海江田に尋ねられても、俺は答えられなかった。理由はなかった。自分でも、何故、海江田を連れて来たのか解らなかったのだから。俺は言葉を濁して、その場をごまかした。 無為に、時間だけが過ぎていった。俺は海江田を見ていた。海江田は何を考えているのか、黙って座っていた。静かな時間だった。まるで、世界が時を刻むのを忘れてしまっているかのようだった。 その静けさを破ったのは、海江田だった。 「深町、手を…見せてみろ」 何の事か解らずに、俺が躊躇していると、海江田は、身を乗り出して、俺の右手を取った。 「やっぱり、火傷になってるな…」 掌に出来た幾つかの小さな水泡。海江田の煙草を握り潰した時に出来た物だろう。 「痛まないか?」 「別に…たいした事じゃない…」 云いながら、俺は焦っていた。こんなに間近に海江田がいた事などなかった。俺の手に触れる海江田の指は、男の物とは思えないほど、滑らかだった。 ふいに、俺は海江田を抱き締めたい衝動に駆られた。身を乗り出し、覆いかぶさるように、海江田の俺より一回り小さな身体を抱き締める。 「深町…?」 怪訝そうに海江田が云う。 抱き締めたら止まらなくなった。俺は夢中になって海江田に触れた。シャツの裾をたくし上げ、素肌に手を滑らせる。 「私を…抱くのか?」 抱き締めた腕の中で、海江田は、ぼんやりとそう呟いた。答える代わりに、俺は海江田に口付けた。 軽く触れるだけの口付け。 「好きにすればいいさ…」 口付けの後、海江田は投げやりにそう云った。その言葉が、俺に腕を解かせた。引き剥すように身体を起こすと海江田は、不思議そうに云った。 「私を抱くんじゃなかったのか?」 「お前…」 狼狽する俺を見て、海江田はおかしそうに笑った。だが、それは空虚な笑いだった。 「本当に、好きにしていいぞ? 云っただろう、私は自分の事などどうでもいいと」 海江田は笑い続けている。 「どうせ誰も、私の事なんか見ていやしない。私の背後の父を見ているんだからな。成田達も…まあ、お前は別口らしいが」 その時になってやっと、俺は悟った。海江田は、酷く傷ついていたのだ。そして、傷ついているのに、それをどう表現していいのか解らないようだった。 俺は、思いきって海江田を押し倒した。故意に乱暴にシャツのボタンを外す。 「深町…ッ!」 海江田の抗議にも耳を塞いで、俺は海江田を抱き竦めた。そのまま素早く、海江田の身体を覆う総ての物を引き剥す。 「深町、よせ!」 何の前戯もなしにいきなり海江田の足を押し開く。さすがに海江田の眼にも怯えの色が走った。 「好きにしろって云っただろ?」 出来るだけ冷たく云い放つと、海江田は言葉に詰まって唇を噛み締めた。それから何とか逃れようと無茶苦茶に暴れた。それすらも押えつけて、無理に腰を進める。 「や…!」 瞬間、海江田はそれを拒絶しようとしたが、後は声にならなかった。俺を押し退けようとつっ張っていた腕が、徐々にその力を失う。顔から血の気が失せ、与えられる苦痛に、押えつけた身体が時折痙攣するのがはっきりと解った。 「う…」 寄せられた眉。固く閉ざされた眼…。 「海江田…」 浅い呼吸を繰り返す唇にそっと口付けてやる。 「悔しかったんだろ? 哀しかったんだろ、海江田?」 それ以上は何もせずに、乱れた海江田の髪を、俺はそっと掻きあげてやった。やがて、苦痛が少し和らいだのか、海江田はその眼を開いた。 「俺が、見てやる。誰も見なくても、俺が見ていてやるよ。だから…」 俺は、海江田の頬を軽く叩いた。 「泣いていいぞ」 海江田の唇がわなないた。次の瞬間、大粒の涙が零れる。それを隠すように、海江田は顔を背けた。 「…ッ、ちくしょ…!」 それでも強がろうとする海江田を、俺は優しく抱き締めてやった。海江田の腕が俺の背に回される。 声を殺して。 声を殺して海江田は泣いた。 ようやく、海江田の涙が止まったのを確認して、俺は一端、奴の中から退いた。このままでは、苦痛だけが先行するのが解っていたからだ。その瞬間、海江田は明らかに安堵した様子だった。 俺は苦笑して、赤く腫れた眼を持て余している海江田の身体を抱きあげた。そのままベッドにそっと横たえて、俺もその上に乗りあげる。 「ふ、深町…」 明らかに海江田は慌てているようだった。 「眼、閉じろよ…」 海江田が恐る恐るだが、素直に眼を閉じたのを確認してから、俺は海江田に口付けた。数度、ついばむように口付けてから、舌先で軽く唇をつつく。その瞬間、海江田が驚いて首を竦めるのが解った。閉じられた眼が勢いよく開かれる。 「ふかまちッ…?」 俺は溜め息をついた。 「お前…キスの仕方も知らないのかよ。やれやれ、それで良く、好きにしろだの云えたなぁ」 途端に海江田は赤面した。 「お、お前だって、人に未成年だ何だのとほざいたくせに!」 海江田が俺を睨みつける。俺は意地悪く笑って見せた。 「あいにくと、煙草だけはやった事がなかったんでね」 「こ、の…」 拳を振り上げようとする海江田を押さえつけて、俺はその首筋に口付けた。途端に海江田は身体を強張らせる。俺は、笑いながら海江田の耳元で囁いた。 「緊張、するなよ。少し、口開いてろ…」 そしてもう一度、海江田に口付けた。海江田は云われた通りに、おずおずと薄く唇を開く。俺は、その歯列の透き間から、素早く舌を滑り込ませた。 「……!」 反射的に閉ざされそうになるのを、顎を取って押さえ、俺はゆっくりと海江田の歯列をなぞった。海江田は、硬く眼を閉じて、初めての感覚に耐えている。しかしそれも僅かばかりの事で、いつしかその腕は俺の背に回されていた。 「あ、ア…」 海江田は酷く感じやすかった。俺の愛撫の一つ一つに声を上げ、あられもなく乱れていく。それには海江田の方が驚いているようだった。何度も唇を噛み締めて、堪え切れなくなってはその形の良い唇から吐息が零れる。 もっと… 俺はもっと海江田を知りたかった。俺は海江田自身に指をからめ、胸に息づく薄紅の突起を含んだ。舌で転がし、時折軽く歯を立てると、海江田は俺の頭をかき抱いた。 息も絶え絶えの海江田を、今度は傷つけぬようにゆっくりと押し開く。 「あ…ふかま、ち…ッ!」 苦痛の波に翻弄されながらも、最後の瞬間、海江田は微笑んだように見えた。 |
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